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【桐生】PRIRET上久保 匡人さん 第1回 「楽しく生きる」を人生の真ん中におく。

「自然体で無理をせず、それでいて楽しい。」
こんな人って一緒にいてラクじゃないですか?

今回お話しを聞いたPRIRET(プライレット)の上久保さんは
まさしくこのイメージにぴったり。

群馬の桐生、吾妻山の麓にあるアズマベースで
登山客向けのアウトドアショップを営業している上久保 匡人さん。

お店には、登山客が思わず手に取りたくなるようなアイテムがずらり。

その中でもシルクと風通織という技術を組み合わせた
アウトドア用の「山ストール」はPRIRETを代表する商品だそう。

紫外線をカットし、汗の乾きも良く、匂いも吸収し、軽くて丈夫。
アウトドア雑誌にも取り上げられ、売上の主軸をになうアイテムです。

ただ、この商品ができるまでのストーリーが、
本当に上久保さんらしい方法で行われていたんです。

常に「楽しく」「無理なく」「面白い方向へ」。

このインタビューは商品を作る話というよりも、
「運が良い人の作り方」でもあります。

「PRIRET(プライレット)」上久保 匡人さんのプロフィール

1978年9月11日生まれ群馬県桐生市出身 。

中学時代にキャンプを体験し、アウトドアの虜になる。

大学卒業後はカナダへ渡り山遊びに明け暮れる。
帰国後も地元群馬の山を中心に『There is no off-season !!』を合い言葉にアウトドアを満喫中。

現在は群馬桐生の吾妻山の麓で、登山客や地元の山好きのお客様向けに、
コーヒーも飲めるアウトドアショップ「アズマベース」や、

アウトドア専用の山ストールを中心としたブランド「PRIRET」を展開中。

→PRIRET

「楽しく生きる」がど真ん中にあった二十代前半。

PRIRET(プライレット)・上久保 匡人さん

インタビュアー酒井(以下さ):
よろしくおねがいします。

PRIRET上久保さん(以下か):
よろしくお願いします。

さ:
上久保さんはもともと群馬の生まれなんですよね。

か:
そうです。

高校まではずっと群馬にいたんですよね。
その後、大学は東京の青梅市というところに出て行ったんです。

大学卒業してからは、一年浦安で過ごした後に、
カナダにワーキングホリデーに行ったんですよね。

さ:
浦安での一年間は何をされていたんですか。

か:
ディズニーランドで掃除のお兄さんしてましたね。

さ:
ディズニーランド!
それって何かきっかけはあったんですか?

か:
ワーキングホリデーに行くためのお金をためてたんですよね。
ワーキングホリデーって審査があって。
そこに現在の貯蓄額みたいな審査項目も行く国によってはあるんですね。

ただ、その貯金をするにしても、楽しんでやりたいなぁ。
ということで、昔から大好きだったディズニーランドで働いたら面白いかな。と思ってアルバイトしてたんです。

さ:
ワーキングホリデーに行くために楽しく稼ぐ。
若さが爆発してますね。

か:
そうなんです。

自分は大学を卒業する前に、
「俺はこの先就職したら、人生終わる」
と思い込んでた時期があったんですよ。
その時の自分は
「就職は絶対にしない、遊びたいんだ!」
という気持ちで生きてましたね。

今は全然そんなこと考えもしないんですけどね笑

さ:
まさしくモラトリアムのど真ん中にいたと。

か:
そうそう。
だから、どうにかしてもう少しこの自由な時間を引き伸ばそうと、
色々考えていたら、

ワーキングホリデーという制度があるって知り、
ディズニーランドで働くことになるという。

さ:
なるほど〜。カナダを選んだ理由って何かあるんですか。

か:
本当はアメリカに興味があったんですよ。
ただ、ワーキングホリデーの行き先にアメリカがなくて。

カナダだったら、少し旅をすればアメリカに行けるし。
そこでも、どうやったらお金をかけずに
アメリカで遊べるかな。

そんな動機だったんですよね。

カナダの山の麓で「鹿」や「クマ」と一緒に暮らす。

さ:
ワーキングホリデーって、行った先の仕事って選べるんですか?

か:
仕事はなんでも選べます。
観光ビザと違って、働くことが可能なビザなので、1年は何しようが構わないんですよ。

もっと言っちゃえば、お金があれば働かなくても大丈夫なんですよ。

ワーキングホリデーのビザで語学学校に行く人もいるし、
ただ、遊んでいる人もいるし、働きっぱなしの人もいるし。

一年は好き勝手にやれるっていうシステムなんです。

さ:
カナダに行った時の語学力ってどんな感じだったんですか。

か:
語学力なんかほぼゼロですよ笑
英検3級はもっていましたから。
中学校3年生...いや中学2年生レベルでした。

さ:
中学校2年生...笑

か:
ただ、英語を話す上でイメージ的に大きかったのは、

当時通っていた大学の近くに横田の米軍基地があったんですよ。
その中で英語を教えてくれる人がいたんですね。

それもあって、英語でコミュニケーションを取ることにそんなに抵抗感はなかったですね。
英語を使いこなすことはできませんでしたけどね笑

まぁ、ワーキングホリデーが決まった時も語学力うんぬんというよりは、
どうにかなるかな。みたいな感覚で行っちゃいましたね。

さ:
決心したらすぐ行動...。

 

か:
あとは、幼馴染が一年先にカナダに行っていたのも大きかったかもですね。
カナダに渡って最初の二週間はその幼馴染のウブちゃんと同じところに住んでいたんですよ。

国立公園内にある「バンフ」という街に。

その幼馴染が僕がカナダに渡ってから二週間後に日本に帰ってしまったので、

それからカナダでの自分の新しい住まいを探しに、いろいろ行ったんですが、、、結局バンフに戻ってきました。

本当にバンフって面白い場所で。
動物園の中に人が住んでるみたいな。
鹿やクマが普通にそこらへんにいますしね。

さらに山登りするにも向いている土地だったのでそこに決めましたね。

 

英語は話せないけど、ノンストレスで面白く海外を過ごせて本当によかった。

上久保さんがいるアズマベースでは、美味しいコーヒーも淹れてもらえます。

さ:
それにしても、ワーキングホリデーとは言え、語学力がほぼない状態でよく仕事が見つかりましたね。

 

か:
カナダに行って二週間だけ一緒にすんでいた、幼馴染のウブちゃんの友達の

シンくんが仕事を紹介してくれたんですよね。

レストランの皿洗いだったんですが、シンくんもそこで働いていたので、すごい入りやすかったんです。

何よりカナダでの日本人の評価が高かったんですよ。

シンくんとかが、そのお店で遅刻もせずによく働くという実績をつくってくれたので、スッと入れた感じでした。

さらに、僕が入ったタイミングで、他の日本からワーキングホリデーで来た人も結構そのレストランに入ったんですよ。

ホールのウェイトレスはカナダ人の人がやるんですけど、キッチンはほぼ日本人みたいな感じでしたね笑

 

さ:
さながら日本のファミレスのような笑

か:
僕が拠点にしていた「バンフ」って

かなり観光地と言われる場所だったので、実はかなり日本人観光客も多かったんですよ。

お店では日本人相手の通訳みたいなこともたまにやっていましたね。英語そんなに話せないのに。

そんなこともあって、バンフでは割と英語で困ったことがなかったですかね。単純に日本人が周りに多かったんですよね。

普通に英語話せないまま、日本に帰ってきちゃいました笑

さ:
ノンストレスで海外生活を楽しめたんですね。

か:
まぁ、英語を話せる環境にいなかったということに少しだけ後悔はありますけど、

日本各地の友達ができたっていうのは今でも良かったと思っているところですね。すごい面白かったです。

 

(⇨続きます。)

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  • この記事を書いた人

酒井 公太

silkypeopleのウェブ担当であり、プランナー。 フリーランスで町おこしや企業のプランニングをなりわいとしています。 天真爛漫な幼い娘の髪を撫でている瞬間が一番の幸せ。ただ、その娘に「おとうさんは、おとなげない。」と言われていろいろと複雑な気持ちになりました。

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